お大事に
         〜789女子高生シリーズ 枝番

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 



トーンこそ落ち着いたそれながら、
多くの人が詰めている広い場所ならではな ざわめきが、
間断無くのさわさわと満ちている空間だ。
時折、輪郭の滲んだような館内放送が響く中、
伸びやかなお声が数人ずつの名前を読み上げられて。
何度目かで自分だと気がつくお年寄りがベンチから手を挙げるのへ、
にっこりと笑いかける白衣の看護師さんの笑顔もまろやか。
Pタイル張りの広々としたロビーには、
ローカル局のワイドショーが映し出されている大型テレビが置かれていて。
数時間から、下手をすれば半日は掛かるとの覚悟もあってのこと、
呼び出し待ちの患者さんたちが多数、静かに座っていらっしゃり。
事務方の職員さんが詰めている、受付や清算を担うカウンターまで、
診察室からのカルテを運んで来た看護師さんが。
外来患者の中に退院して間がないお人を見つけ、
あら調子はどうですか?なぞと 話しかける余裕があるほどに、
外来診察にも医師が多数あたっておいでの大型総合病院…であるのだが、

 「今日は特に、榊せんせえが当番の日だからねぇ。」
 「そうそう。」

専門は外科だが、こちらでは整形外科も診ておいでの、
とある若せんせえが評判ならしく。
骨折などの外傷への治療や、
腰痛・関節炎などへの診察やリハビリにと、
ほぼ毎日通っておいでのお年寄りたちが、
今日は特別な日だからと口々に言い、

 「ご自分の診療所もお持ちなんだが、
  医大の先輩にあたるこの病院の副院長から
  どうしてもって頼まれたとかで。」

 「そうそう。それで週に2回ほど、
  当番に組まれての診察をしてなさるんだよ。」

 「へぇえ、そうなの。」

ご近所の顔見知りながら、診療には今日初めて来たというお友達へ、
そんな風に知っている限りを話してくださる“常連”の皆さんであり。
規制緩和の嵐が吹きすさんだ 某首相の方針下、
インターン制度の大改革も行われたその余波などなどで、
一部の病院では究極の医師不足に見舞われてしまい、
他でもない公立病院が 泣く泣く閉鎖に追い込まれた話も多く聞く。
医療法人系の総合病院でも医者不足には違いなく、
院長や古株の先生がたの得意分野ではない診療科は、
医大病院などへお声をかけて、
助っ人を寄越していただく格好で何とか補うのが、
もはや当たり前になりつつある昨今。
何せ専門医だからか、
助っ人せんせいの方が評判がいいというのも
ともすればよくある話だが、

 「そうか、外科のせんせえなんだ。」

微妙に専門外なのねぇという響きの声を返すお相手へ、

 「そうは見えないお綺麗な人だけどもねぇ。」

少々見当違いなお返事返したおばさまたちが、
うふふふと意味深に微笑って褒めた、
本日 水曜午前の整形外科外来を担当しておいでの美人なせんせえ。
まだ40代に入ったばかりという、
若手から やっとのそろそろ中堅へ
その格が上がろうかという頃合いのキャリアでありながら、
医者仲間からのみならず、患者からも信頼が厚いのは。
治療や施術に於ける優れた腕前は勿論のこと、
人当たりのよさでも ウケておいでだからに他ならぬ。
清潔感あふるる つややかな黒髪に、
やや鋭角に冴えた面差しが いや映える、
女性と見紛うばかりのスタイリッシュな痩躯…と来るため。
お初のご対面では、
“もしかして神経質なお人かなぁ”との誤解を
受けやすくもあるのだが。

 「どうされました?
  …おや、そんな怯えたお顔なんてなさらずに。」

まずは屈託のない語調で話しかけ、
緊張してのこと要領を得ない説明となっても、
それは辛抱強く構えて仔細を聞き取ろうとなさる。
まま それは当然のことじゃあるのだが、
涼やかな目許をはんなりと細め、にっこり頬笑むお顔には、
例えるならば山間にひっそりと咲く山百合のような
清かで誠実そうな温かさが満ち満ち。
神経質な人かしら…なんていう、
ある意味でこれも 怖もてな第一印象が、
あっと言う間に消し飛んでのその後へ、
その倍くらい好感度が植え付けられてしまうのだとか。
そんなこんなで、
入院患者はもとより、外来の患者さんたちからもウケのいい、
ともすりゃ看板と言ってもいいほど評判の名医さん。
今日も今日とて、九時からの診察開始を待たずして、
診察室前の待ち合いフロアは
長椅子も全て埋まっているほどの賑わいぶりで。

 “おいおい賑わいはないだろう。”

  ……あ、これは失礼致しました。

整形外科と言っても、
骨折や捻挫への対処の経過や、
頑固な腰痛や肩凝り、通風だけを診るわけじゃあない。
ちょっと食欲がなくて、何だか熱っぽくてというお声が出れば、
では消化薬を出しましょうか、風邪かも知れませんねなどなどと、
体力や免疫力の低いお年寄りが相手の場合、
全身の容体へも眸を配り、逐一 対応する必要もあり。

 “まま、それでも
  ウチの患者さんたちは素直なかたが多くて助かる。”

自分で勝手に病名を決めて譲らない人や、
こういう治療もあるんじゃあと、
あちこちで齧って来た もっともらしい話を出して来て、
中途半端に“知ったかぶり”するお人とか。
医者による“ドク・ハラ”が問題視されつつある昨今だが、
もしかするとそれと同じほど、
患者の側の“クレーマー”や“モンスター”だって
引きも切らぬ今日この頃でもあるそうで。
適切絶妙な処置とそれから、
それは丁寧で、誠心誠意という対処を心掛けておいでなればこそ、
全てお任せ致しますとの信頼、
多くの患者さんたちから得ておいでの、榊兵庫せんせえ。
ステンレスの筒に何本も立てられた、
そちらもやはり銀色の、
大きなピンセットやハサミもぴかぴかと目映く、
掲示したレントゲン写真を見やすいように照らし出す、
大きめの照明板が付いたデスク前にて待ち受けて。

 経過はいかがですか? 特に異状は無し? それは良かった。
 では、リハビリ室へ…あ、お薬そろそろ無くなりますよね。
 内服薬だけでいいんですか? じゃあ、出しておきますね、と。

今日のところは“救患が飛び込みで…”という事態にも陥らぬまま、
通常の診察が 滞りの無いまま進んでおり。
そりゃあお綺麗な指にてカルテへさらさらと、
経過と処置を綴って さあお次と、手際のいい対処が数時間。
午後からは入院患者さんへの回診と、
明日は“手術日”で 確かその打ち合わせがあったなぁと。
目に入った壁掛けのカレンダーから、思い起こしていたせんせえだったが。

 「……から、外科病棟の個室に空き部屋があったでしょう?」
 「そうだった。そこへ入ってもらいましょう。」

カーテンだけを引いての、開放されたままの戸口から、
外の廊下を急ぐのだろう看護師の会話が飛び込んで来た。
近づいてそのまま遠ざかるという強弱があったので、
結構な急ぎ足での通過だったようだが、

 “? 急患かな?”

ここは救急指定の病院なので、
交通事故だの落下や転倒だのによる負傷という格好の、
急を要する患者が担ぎ込まれることも、ともすれば日常的なので。
バタバタという急ぎの段取りが割り込むことも
珍しい運びじゃあなかったが。
それにしちゃあ救急車のサイレンも聞こえなんだし、
何の話かな、内科の方の前々から予定のあった患者さんの話かなと、
それこそ珍しいことに、診察中に ふっと注意が逸れた榊せんせえ。
勿論、そのような内的変化、表には微塵も匂わせぬままで通しておいで。

 “そのくらい、軽い軽い♪”

何と言っても、この若さでありながら、
医術にまつわるお話のみならずで、結構なキャリアをお持ちの身だ。
普通一般に医師への道を辿りつつ、
それと並行して剣道でも学生チャンプであり続け、
精神修養にも怠りはなくいらした彼だったが。

 ―― 実を言えば、刀を振り続けたのは、
    とある記憶に惹かれてのことでもあって。

まだまだ幼く、言葉も道理も判らぬ乳幼児時代から、
徐々に周囲へ目が届くようになり、
そこから知恵や知識も身につく、
いわゆる“物心”というものが つき始めた頃合い。
幼い和子らしい記憶が刷り込まれるより前に、
既にその意識の中に とある記憶が、
実に鮮明なものとして これありて。

  激しい戦乱とそれから、
  それが終焉を迎えたのちの
  混沌漠然とした世界にて。
  どうやら自分は
  刀剣にて生きていた
  “サムライ”という存在だったようであり。

夢見がちな子供が
“ヒーローになりたい”と思うのともまるきり別物。
浮遊艇にての成層圏での合戦などという、
先進の科学を背景にし、
なのに抜き身の刃で残酷な斬り合いをこなすよな。
何とも有り得ない“色々”が目一杯詰まった、
そのくせ妙にリアルで生々しい記憶を。
特に怖がることもなく、
トラウマにもせず受け止められた自分もまた、

 “思えば、大した童だったワケじゃああるが。”

順調ですね、でも無理はなさらぬように、と。
余裕の笑顔できっちり診察を続けておいでの榊せんせえ。
看護師への指示を出す優雅な所作の中、
窓からの冬の陽を受け、薬指にはチカリと銀のリングが光る。
ずっとずっと身持ちのよかった先生が、
その“ずっとずっと”という長い春を共に過ごした格好の、
うら若き妻を娶ったのが数年ほど前。
それが世に言う“互いを求め合う情愛”とは気づかぬまま、
愛しい愛しいと大切に愛でていた小さな少女。
自分を慕ってくれる彼女を、こちらからは妹のように思っていたが、
それにしては離れがたく、手放すなんてとんでもなくて。

  ―― ああ、
     自分はこの子を失くしては居られぬ身なのだ、と

そうと思い知る、とある出来事を経てののち。
間に合ったことに安堵しつつ、
恭しくも誠意を込めての求婚を申し込んだところ。
かつての“君”もさして変わらぬ風貌ではあったが、
そんな“前世”にはついぞ見たことのない、
それはそれは愛らしい含羞みに染まった頬も初々しく、
こっくりと頷いての“諾”と受け入れていただき……


  「…せんせい、榊先生っ、いらしていただけませんか?」

  「え? ははは、はい?」


ぼんやりしていたつもりはなかったが、
そりゃあ唐突にお声掛けいただいたものだから、
一瞬とはいえ
“此処はどこ、私はだれ”状態に陥りかかったことこそ不覚。
カルテをまとめていたバインダーも、よくよく見れば最後のお一人。
そうだよ、診察は終わったのに何でしょうかと。
いきなり割り込んで来たお声の主を、そのバインダーの向こうに見やる。
引っつめに結った黒髪に看護帽を載せ、
検診に使う時計へ連なるそれだろう、
銀鎖をポケットから覗かせている白衣姿のその方は、

 「婦長、驚かさないでくださいよ。」

恐らく自分の親御と同世代だろう、
生真面目でしっかり者との定評も揺るがぬ婦長さんが。
戸口にかかっていた淡い水色のカーテンをひょいとめくって
待ち合い室側から顔を突っ込みつつ、こちらへお声を掛けて来たらしく。

 「外科長との打ち合わせだったら午後からと、」
 「それどころじゃありませんて。」

時には自分よりの年上の高齢者の患者さんへも、
ビシッと筋の通ったお叱り飛ばす威容は伊達じゃなく。
よって、その切れのいい口調でのお言葉、
少々強めに掛けられると叱咤にも近いせいか、

 「は、はいっ。」

疚しい覚えなど無い身でも、
ついつい白衣の背条が伸びての、いいお返事が飛び出していたり。
今日の外来診察はちょうど終わったところだしと、
後のお片付けは補佐担当だった看護師さんにお任せし、
こちらへおいでませとの招聘に
そのままついてった榊せんせえだったのだけれども…。


  まさかまさかの状況が待ち受けていようとは、
  夢にも思わなんだのでございました。




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